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大塚山公園 鑓水峠 道了堂跡 

TEL 0426-20-7269
八王子市鑓水405-1 
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鑓水峠・大塚山公園 道了堂跡

石段を上ると、絶景…そして過去への入口


坂上バス停でバスを降り、国道16号線のバイパスの側道に平行して延びる脇道を南へと入っていくと、いずれ道は行き止まりとなり、左手にこんもりとした低い山が現れる。見上げると、その山肌には石段が無数に刻まれており、遥か山のてっぺんまで一直線に続いている。

まるで天国へ続く階段のように長い石段であるが、ここが当時八王子―横浜間をつなぐ浜街道の道程で最も高い峠だったという鑓水峠である。この長い石段が、いわば「絹の道」への第一歩。まずは気合を入れて、一気に石段をてっぺんまで上ってみた。数えてみると、石段は全部で151段。峠の頂上に辿りついたところで、後ろを振り返ってみると、八王子中心部の賑やかな街並みと、遠方に連なる山々の景色がパーッと眼下に広がっていた。

昔の人も、峠越えの際にはここからの絶景を楽しんだのであろうか…。しばらく景色を眺めてから、一呼吸して、いよいよ「絹の道」へ。景色は、絶景から一転して、急にひっそりとした山路の風景に変わるが、木々に覆われた薄暗い林道は、まるで過去へとつながるトンネルのようだ。

林道を5分ほど歩くと、左手に絹の道碑が現れる。これは1957年に建てられた石碑で、浜街道を日本のシルクロードとして全国に紹介した記念碑だという。つまり、ここが史跡「絹の道」の起点となる場所というわけだが、その前に、そこから大塚山公園に残る道了堂跡へも行ってみることにした。

絹の道碑の右側に、道了堂の寺院跡へと向かう参道の石段がある。石段を上ると、大塚山公園の頂上にある寺院跡は、少し開けた広場のようになっていた。広場は、鬱蒼と茂る木々の枝葉によってあまり光が差さず、薄暗くて静かな所だ。その周囲には古い石の灯篭や石碑がいくつも建ち並び、真ん中には寺院の境内跡と思われる石の基壇が緑色に苔むして横たわっている。

道了堂は、1875年に当時豪商となっていた鑓水の生糸商人たちによって、東京浅草の花川戸から移され、鑓水にある永泉寺の別院として建立された。当時は地域の人々の信仰を集め、大変賑わいだというが、今はその華やかだった当時の面影は全く見られず、ただただひっそりと横たわり、忘れ去られた遺跡のように静けさだけに包まれている。

絹の道

多摩の生糸商人たちの栄枯を偲ぶ歴史の道


東京都西南部にある八王子と神奈川県の横浜を結ぶ街道の一つに、かつて幕末から明治にかけて賑わった「浜街道」がある。浜街道は、日本が長い鎖国の時代を終わらせ、開国に踏み切った1859年、外国貿易のために新たに開港した横浜港へ向けて、多くの多摩地方の商人たちが人馬を行き交わせて賑わった。

中でも活躍が著しかったのが、八王子鑓水地方の商人たち。彼らによって絹の材料である生糸が盛んに横浜へと運ばれたことから、浜街道はのちに「絹の道」と称され、現在でもその街道の一部が往時の面影を留めたまま残されている。

その鑓水地方にひっそりと残る古き街道跡。1996年文化庁「歴史の道百選」に選ばれた美しくも儚い歴史を持つ日本のシルクロードに、かつてそこで栄華を極めた先人たちを思いながら、木漏れ日の下をゆっくりと歩いてみよう。


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名 前 大塚山公園 鑓水峠 道了堂跡 
住 所 八王子市鑓水405-1 MAP
TEL 0426-20-7269  
FAX  
URL http://www.tachikawaonline.jp/walk/hachioji-kinu/index.htm 
定休日  
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交通案内 京王高尾線北野駅から京王バス北野台行き25分、北野台3丁目下車、徒歩10分 
その他  
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