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旧鎌倉街道上の道

TEL 042-325-0111
国分寺市西元町4(武蔵国分尼寺跡北) 
旧鎌倉街道上の道[1] 旧鎌倉街道上の道[2]

旧鎌倉街道上の道    

鎌倉武士だって恋はする。国分寺ラブストーリーは永遠に……。

国分尼寺跡の先、武蔵野線の線路沿いの高台には、旧鎌倉街道上の道の切通しが残されています。写真のように、道の両側に鬱蒼とした草木が生い茂っていて、他の場所よりも薄暗く、空気も涼やか。馬が2頭並んで通るのがやっとだったと伝えられていますが、今でも自転車に乗った人が2人並べるかどうかという道幅です。鎌倉時代の武士たちは、この道を駆けて将軍のもとへ向かいました。新田義貞の軍勢も、この道を通ったのでしょう。

切通し脇の高台には、祥応寺跡があります。ここには、鎌倉時代の悲劇の武将・畠山重忠にまつわる伝説が。武蔵国の御家人だった彼は、鎌倉へ向かう途中、この辺りの宿に泊まり、夙妻太夫と恋に落ちました。

しかし、やがて平家追討のために源義経に従って西国へ向かわなければならなくなり、2人は離別。「重忠は戦死した」という誤報が流され、ショックを受けた夙妻太夫は、近くにあった姿見の池に身を投げてしまいます。里の人々は、彼女を哀れんで塚を作って手厚く葬り、そこへ1本の松を植えました。

その松は傾城(けいしょう)の松として語り継がれ、現在でも3代目の松の木が東福寺に立っています。祥応寺には、夙妻太夫の死を悼んだ重忠が納めた、鉄の阿弥陀仏があったのです。
この伝説との関連は定かにはなっていませんが、この道の先、西国分寺駅前一帯は「恋ヶ窪」という地名で呼ばれています。


タチオンウォーキングより抜粋

記載事項が変更になっている場合もあります。お出かけの際には必ず施設へご確認下さい。
名 前 旧鎌倉街道上の道
住 所 国分寺市西元町4(武蔵国分尼寺跡北) MAP
TEL 042-325-0111 国分寺市観光協会 
FAX  
URL http://www.tachikawaonline.jp/walk/kokubunji/index.htm 
定休日  
営業時間  
交通案内 JR中央線・武蔵野線 西国分寺駅徒歩8分 
その他 武蔵国分尼寺跡の北 
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