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たまがわじょうすい

玉川上水(小平付近)

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小平市玉川上水付近 
玉川上水(小平付近)[1] 玉川上水(小平付近)[2] 玉川上水(小平付近)[3] 玉川上水(小平付近)[4]

玉川上水

多摩川に堰を設けて、江戸に住む人々の生活用水として活用しようという計画が実行されたのは、徳川家康が幕府を開いて50年後の1653年。関東の片田舎だった江戸の地だが、幕府が開かれたことで大都市に変貌。その結果、江戸の市民たちは慢性的な水不足に悩まされていた。幕府から命を受けた多摩川庄右衛門、清右衛門兄弟が、羽村から四谷大木戸(新宿区/新宿御苑付近)までの約43キロにも及ぶ生活用水路・玉川上水を完成させた。

玉川兄弟については、東京の小学校では社会科の授業でも習うので知っている人も多いと思うが、こんな疑問を抱いていた人も多いのではないだろうか。「玉川兄弟って、もともと玉川姓を名乗っていたの?玉川兄弟が多摩川に堰を造って、玉川上水を完成させたなんて、出来過ぎた話じゃない?」。ご存知のとおり、江戸時代に苗字を名乗ることを許されたのは武士階級だけ。玉川兄弟も、もともとは江戸の町人だったとも、多摩川沿いに住む農民だったとも伝えられているが、少なくとも武士ではなかった。「玉川姓」を名乗るようになったのは、玉川上水の工事が完成した後。幕府から、褒美として苗字帯刀を許されたのだ。つまり、工事の功を認められて武士になったということ。新選組が幕末の動乱の中、武をもって武士に昇り詰めたのに対して、彼らは文をもって武士になったのだ。

ところでこの玉川上水。現在では散歩コースとして人気があるが、生活用水路としての役目は終えてしまったのだろうか?さすがに江戸初期に作られた用水路では、現代社会には通用しないか?答えはNo。今でもしっかりと、流域に住む人々の生活を支えている。玉川上水の水は、山口貯水池(狭山湖)、村山貯水池(多摩湖)、小作浄水場、東村山浄水場に送られているという。玉川兄弟の開削工事から350年以上経った今でも、玉川上水は私たちの生活を支えてくれているのだ。
玉川上水ウォーキングより

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名 前 玉川上水(小平付近) たまがわじょうすい 
住 所 小平市玉川上水付近 MAP
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